警察犬訓練のスペシャリストに聞きました

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まつお はるみ▶長崎県出身。高校を卒業後、関東の訓練所で犬の訓練を学ぶ。ニュースで災害や事件を観るたびに、「人を守る犬」がもっと必要だと考えるようになり、警察犬訓練士の道を歩み始める。一頭でも多く、現場で活躍する犬を育てるため、スタッフ全員が女性の警察犬訓練所を運営し、社会貢献を目指す。日本警察犬協会訓練実積最高位賞を受賞するなど、その技術は高く評価され、メディアでも多く紹介されている。

犬と人間の触れ合いを大切にして警察犬を育成
飼い主と犬の問題を解決する仕事も請け負う

やる気のない犬が警察犬になれた秘密

 関東で犬の訓練を学び地元に戻った際に、「佐世保には警察犬がいない」という話を聞いたとき、警察犬を育てたいと感じました。最初のパートナーは、「何もできない犬だから安く譲ってあげるよ」と大阪でもらってきた生後4か月のメスのシェパードで、「グレース」と名付けました。グレースは臭いも嗅がないし、やる気もないので、他の訓練士からは「この犬では無理。警察犬に向いていないよ」と笑われていました。
 当時、犬に厳しい訓練士が多かったのですが、私は遊びの中に、訓練を入れ込むように工夫しました。そうすると犬は、楽しんで訓練してくれるのです。その結果、1年後にグレースと見事嘱託警察犬の試験に合格して、それからです。長崎県警で捜索活動1位になり、弟子も増えていきました。
 従来、警察犬は、人に触らせてはダメだといわれていました。しかし、実際に育ててみると、人と触れ合わせたほうがいいと考えるようになりました。人と触れ合い、人を好きになってから、捜索活動を行うのです。人を怖がっていては、人を探せないのです。

犬は甘やかしすぎることで問題を起こす

 警察犬訓練士の仕事は、もちろんやりがいはありますが、それだけで食べていくことは難しいです。現場に出ると、知名度は上がりますが、それほどお金にはなりません。ですから、犬のしつけ教室などをやりながら生計を立てます。また、飼い主さんの相談に乗り、しつけができていない犬を預かって訓練なども行います。こうした犬のお世話や訓練が、まずやらなければならいないことで、その合間に、警察犬や災害救助犬の訓練を行っています。
 現在、飼い主さんと犬の問題は、非常に多くなっています。人間に噛みついた犬を、「何とかしてください」とよく相談に来られます。けれど、実は飼い主さんのほうに問題がある場合がほとんどです。ですから、まず飼い主さんとお話をします。そして、飼い主さんとその犬が接している姿を見せてもらいます。そうすると、飼い主さんが、かわいがりすぎて犬が王様になっているケースがとても多いのです。つまり、犬がつけ上がってしまって、「自分のいうことを聞かなかったら噛みつくぞ!」となっている状態です。
 犬がそうならないためには、服従訓練が必要ですが、日本ではこれができていない犬がとても多いです。服従訓練は、警察犬の訓練でも基本となっているものです。

仕事をやっていて良かったと思った瞬間

 ある日出動したときに、ご家族の方にもう見つからないだろうと諦められていた人がいました。捜索のため、グレースと一緒に山奥に入って行きました。そこは、消防団が既に探したからいないだろうと思われていた場所でした。谷間の方へ行くと、うずくまっているお爺さんが見えました。冷たくなりかけていて、数時間発見が遅れていたら命を落とされていたという状態でした。機動隊が来るまでの約30分間、グレースがお爺さんのお腹に密着して温めようとしていました。
 1年後、このお爺さんは認知症が酷くなり入院してしまったそうです。けれど、ご家族から、「不思議なんですけど、記憶をなくした今でも、『自分は犬に命を助けられたから頑張って生きる』ということだけは覚えてるんですよ」という話を聞いたときに、この仕事をしていて良かったと心から感じました。

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訓練士の仕事をめざす高校生へのメッセージ

犬に教えることよりも、犬から学ぶことの方がずっと多い
犬が好きな人は、仕事として関わることで、もっと深い犬とのきずなを知ることができるでしょう。自分たちが犬に教えることよりも、犬から教わることのほうがずっと多いです。
やりたいと思ったら、何でも挑戦してほしい。経験したことは、どんなことでも無駄にはなりません。

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